本物のわくわくとは何か?

木々の間からやさしい光が差し込む、静かで神秘的な森の木漏れ日 風の時代の生き方

わくわくは愛から生まれる

「わくわくすることをして生きていきましょう。」

そんな言葉を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。
特にスピリチュアルの世界では、よく耳にする言葉です。

想像してみてください。
わくわくすることをしながら毎日を過ごせたら、どんなに楽しいでしょう。
「わくわく」という言葉には、人を惹きつける不思議な力があります。

でも、ある日ふと思ったのです。

「わくわく」という言葉に、とらわれてしまうことはないだろうか、と。

新しいことを次々と始める。
人との出会いを求め続ける。
「あれもやりたい」「これもやりたい」と走り続ける。

一見すると、とても充実しているように見えます。

しかし、その奥には焦りや不安が隠れていることがあります。

何かをしていないと落ち着かない。
次を探していないと不安になる。
思考しているつもりでも、同じ場所を堂々巡りしている。

エンジンをかけっぱなしのような状態で、交感神経が優位になり、心も身体も休まらなくなってしまいます。

私は、それは本当の「わくわく」とは違うのではないかと思うようになりました。

本当のわくわくとは

最近、私はあることに気づきました。
本当のわくわくは、心が静かになります。

副交感神経が優位になり、呼吸が深くなり、穏やかな気持ちになります。

焦りがありません。

「将来役に立つかもしれない」
「損をしたくない」
そんな計算もありません。

ただ、魂が「これをしたい」と静かに教えてくれるのです。

終わったあとには、「ああ、楽しかった。」
そんな満たされた気持ちだけが残ります。

偽りのわくわくとの違い

本物と偽物を分けるもの。それは焦りがあるかどうかです。
焦りの奥には、不安があります。
そして、不安の反対側にあるものは、愛です。

愛から生まれるわくわくは、人を疲れさせません。
心を静かに満たし、自分自身を大切にする方向へ導いてくれます。

わくわくは愛から生まれる

私は、わくわくは自分に対する愛から生まれるものだと思っています。
好きだからやる。
大切だから続ける。
そこには安心感があります。

刺激を求めることと、魂が喜ぶことは同じではありません。
もし何かを始めるなら、一度にたくさん始めなくてもいい。
一つやってみる。
違うと思ったら、感謝して手放す。
そしてまた、一つ試してみる。

そんな歩み方で十分なのです。

「わくわく」という言葉には、派手で興奮するようなイメージがあります。

でも、本当のわくわくは違います。
内面は、とても静かです。
まるで風のない湖のように、凪いでいます。

心が静かに満たされ、「今、この瞬間で十分幸せだ」
そう感じられる。

私は、それこそが本当のわくわくだと思っています。